■MARKET ORDER

スハルト政権期には政府・司法省が分有していた司法権が廃止され、各級裁判所は、司法府の最上位にある最高裁判所によって統括されることになり、司法権の独立が確保された。また、憲法改正以前には大統領に属していた政党に対する監督権・解散権が最高裁判所に移された。これにより、大統領・政府による政党への介入が排除されることになった。 旧宗主国オランダとの武力闘争によって独立を勝ち取ったインドネシアは、独立当初から外交方針の基本を非同盟主義に置いた。こうした外交方針は「自主積極 bebas aktif」外交と呼ばれている。独立達成後のインドネシア史において、外交にも様々な変化がみられるものの、いずれの国とも軍事条約を締結せず、外国軍の駐留も認めていないなどの「自主積極」外交の方針はほぼ一貫しているといってよい。 1950年代後半のスカルノ「指導される民主主義」期には、1963年のマレーシア連邦結成を「イギリスによる新植民地主義」として非難し、マレーシアに軍事侵攻した。国際的な非難が高まるなかで、1965年1月、スカルノは国際連合脱退を宣言し、インドネシアは国際的な孤立を深めていった。インドネシア国内ではインドネシア共産党の勢力が伸張し、国内の左傾化を容認したスカルノは、急速に中国に接近した。 1965年の9月30日事件を機にスカルノが失脚し、スハルトが第二代大統領として就任すると、悪化した西側諸国との関係の改善をはかり、また、スカルノ時代に疲弊した経済を立て直すために債権国の協力を仰いだ。1966年9月、東京に集まった債権国代表がインドネシアの債務問題を協議し、その後、インドネシア援助について協議するインドネシア援助国会議(Inter-Governmental Group on Indonesia - 略称 IGGI)が発足した。 1967年8月、ASEAN発足時には原加盟国となり、域内での経済、文化の促進を所期の目標とした。他のASEAN加盟国との連帯を旨としている。その一方で、時折のぞくインドネシアの盟主意識・地域大国意識は、他国からの警戒を招くこともある。 今日に至るまで日本をはじめとする西側諸国とは協力関係を維持しているが、スハルト体制期においても一貫して、ベトナム、北朝鮮とは良好な外交関係を保った。 1999年の東ティモール独立を問う住民投票での暴動にインドネシア軍が関与したと見られ、その後の関係者の処罰が不十分とされたことや、2001年のアメリカ同時多発テロによって米国との関係が悪化、2005年まで武器禁輸などの を受けた。このため、ロシアや中国との関係強化に乗り出し、多極外交を展開している。 インドネシア共和国国軍(Angkatan Bersenjata Republik Indonesia - 略称ABRI)の兵力は、2003年に30万2000人(陸軍23万人、海軍5万5000人、空軍2万7000人)で、志願制と選抜式の徴兵制を併用している。そのほかに予備役が40万人。軍事予算は2002年に12兆7,549億ルピアで、国家予算に占める割合は3.71パーセントである。 スハルト政権以来、米国を中心とした西側との協調により、近代的な兵器を積極的に導入してきたものの、東ティモール問題の悪化により米国と軋轢が生じ、2005年まで米国からの武器輸出を禁じられた。この間にロシア・中国と接近し、これらの国の兵器も多数保有している。 インドネシアの州詳細はインドネシアの地方行政区画を参照 33の第1級地方自治体(30の州、2の特別地域(特別州)、1の首都特別区域(特別市))に分かれる。 第1級地方自治体は、 (便宜上4区域に分ける) スマトラ島: ナングロ・アチェ・ダルサラーム、北スマトラ、西スマトラ、リアウ、リアウ諸島、ブンクル、ジャンビ、南スマトラ、ランプン、バンカ=ブリトゥン ジャワ島〜ティモール島: ジャカルタ首都特別区域*、ジョグジャカルタ*、バンテン、西ジャワ、中部ジャワ、東ジャワ、バリ、西ヌサ・トゥンガラ、東ヌサ・トゥンガラ カリマンタン島: 西カリマンタン、中部カリマンタン、東カリマンタン、南カリマンタン スラウェシ島〜パプア: 西スラウェシ、南東スラウェシ、中部スラウェシ、南スラウェシ、ゴロンタロ、北スラウェシ、マルク、北マルク、西イリアン・ジャヤ、パプア。 *は特別州。特別市は、ジャカルタ。 現在、州の再編を進めている最中であるため、上記の州区分に変更が加えられている可能性が極めて高い。 インドネシアの地図インドネシアIPO では、ユーラシアプレートやオーストラリアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートなどがせめぎあっており、環太平洋火山帯(環太平洋造山帯)の一部を構成している。そのため火山や地震が多く、2004年のスマトラ島沖地震、及び2006年のジャワ島中部地震では甚大な被害を受けた。また、スメル山は、ジャワ島の最高峰(3676m)であり、世界で最も活動している火山の一つである。 ジャワ島 - 首都ジャカルタのある島。 スマトラ島 - マレー半島の南西に横たわる島。特に北部は天然資源が豊富。 スラウェシ島(セレベス島) カリマンタン島(「ボルネオ島」はマレーシア側の呼称。) バリ島 - 観光で有名な島。住民の大半はヒンドゥー教徒。 ロンボク島 - バリ島の東隣の島。近年になって、観光開発が進み始めた。 スンバワ島 - 1815年に、島内のタンボラ山が有史上最大の噴火を起こしている。 コモド島 - コモドオオトカゲ(コモドドラゴン)が生息する島。 フローレス島 - 住民の多くはカトリック教徒。 ハルマヘラ島 テルナテ島 - 香料産出地として南隣のティドーレ島とともに、大航海時代に西洋列強の収奪の拠点となった。 ティモール島 - 西側半分がインドネシア領。 マルク諸島(モルッカ諸島) クラカタウ島 - 1883年に大爆発した火山島。ジャワ島とスマトラ島の中間に位置する。 ニューギニア島 - 西側半分がインドネシア領。天然資源が豊富。インドネシア国内では「パプア」「イリアン」などと呼ばれている。 農業国である。農林水産業では外貨預金 、キャッサバ、キャベツ、ココナッツ、米、コーヒー豆、サツマイモ、大豆、タバコ、茶、天然ゴム、トウモロコシ、パイナップル、バナナ、落花生の生産量が多い。特にココナッツの生産量は2003年時点で世界一である。鉱業資源にも恵まれ、金、スズ、石炭、天然ガス、銅、ニッケルの採掘量が多い。OPEC(石油輸出国機構)に加盟する産油国でもあるが、2004年以降は原油の輸入量が輸出量を上回る状態であるため、2008年12月に脱退する予定である。 工業では軽工業、食品工業、織物、石油精製が盛ん。コプラパーム油のほか、化学繊維、パルプ、窒素肥料などの工業が確立している。 パナソニック、オムロン、ブリヂストンをはじめとした日系企業が現地に子会社・あるいは合弁などの形態で、多数進出している。 独立後、政府は主要産業を為替 化し、保護政策の下で工業を発展させてきた。1989年には、戦略的対応が必要な産業として製鉄、航空機製造、銃器製造などを指定し、戦略産業を手掛ける行政組織として戦略産業管理庁(Badan Pengelora Industri Strategis)を発足させている。しかし同時に、華人系企業との癒着や、スハルト大統領ら政府高官の親族によるファミリービジネス(Family buisiness)等が社会問題化し、1996年には国民車・ティモールの販売を巡ってWTOを舞台とする国際問題にまで発展した。しかし、1997年のアジア通貨危機の発生により、インドネシア経済は混乱状態に陥り、スハルト大統領は退陣に至った。その後、政府はIMFとの合意によって国営企業の民営化など一連の経済改革を実施したが、失業者の増大や貧富の差の拡大が社会問題となっている。 2004年の人口は2億3,845万人で世界第4位。2050年の推計人口は約3億人。全国民の半分以上がジャワ島に集中しているため、比較的人口の希薄なスマトラ島、カリマンタン島、スラウェシ島に住民を移住させるトランスミグラシと呼ばれる人口移住政策を行ってきた。